いまだに分かってない人がいるので、敢えてこのことについて書いてみた

こちらのはてなブログというものをしっかり理解しないまま、書き始めてしまったが、先程、ふと自分の読者になってくださった方を確認したら、90人を超えていて、ビックリしている。

こんなブログの読者になってくださる方がいるとは、本当にありがたい限り。

 

今はこうしてブログ、TwitterFacebook、インスタグラムなどなど、さまざまはものを通して自分の意見を述べることが出来る時代になった。

昨日書いた記事のように、時に悲劇をもたらし、厄介事に巻き込まれたりもするのかもしれないが、こういう時代になってしまった以上、もう元には引き返せないと思っている。

物事には必ず功罪ある。

こういうツールは、使い方を間違えれば最悪、人を殺める凶器となりうることも忘れてはいけない。

だが、逆に、物事に疑問を呈する・・・というようなこともできるようになったわけで、マスコミの報道において、過度に一方的な印象操作や、偏向報道を抑制する役割も果たせるはずなのだ。

 

 

私は時々、思うのだ。

もしあの時にSNSがあったなら、自分も、もっといろいろなことができたかもしれないなあと。

だが当時、そんな手段はなく、せいぜい自分の周囲の人に、本当はこうなんだよ、それは誤解だと言って回るのが精いっぱいだった。でも誰もが真剣に耳を傾けてくれるわけではなく、それどころか嘲笑されたり、余計に酷いことを言われたり・・・だから、いつの間にか口を閉ざしてしまった。

辛く苦い記憶である。でも忘れたことはない。あの頃に感じた理不尽や怒りを原動力にして、今の自分があると思っている。

あの時とは、1994年。トシちゃんの「ビッグ発言」なる記者会見が報じられていた時のことである。

この話題を書こうか書くまいか、もの凄く迷った。

あの時のことを思い出すのが辛いし、胸を抉られるようなたまらない思いになるから。

でも、あの時のことをよく理解しないまま、今でも面白おかしくネットなどで言及している人を目にすることがあり、いまだに傲慢、勘違いなどと言われていることに心を痛める度、こういうことは、人々が面白いと思う方向でストーリーが固まってしまうのではないかと危惧している。

 

だから、敢えて向き合おうと思う。

 

YouTubeにあるものを貼るべきかどうかも考えたけど、貼らないと具体的に分からない人もいるだろうから、貼ることにする。この会見の内容もそうだが、沢山寄せられているコメント欄の言葉も是非読んでもらいたい。

会見全体を見た人の印象が、どう変わったか、いかに多くの人が切り取った言葉の恣意的な編集により、偏向報道をいとも簡単に信じ込まされていたのか、よくわかると思う。

 


世間に誤解を与えた「ビッグ発言」会見 田原俊彦 ノーカット

 

 

あの時起こった一連のことは、この記者会見が始まりではない。

この会見は寧ろ、事態がこれ以上激しくなることをおさめるため、開いたものだった。

結婚、出産・・・おめでたい話であり、今ならファックス1枚、ブログでの報告のみで終わる話だ。

ところが、この会見につめかけた記者たちの間に、お祝いするという空気はほとんどない。花束をくれたのはトシちゃんと懇意にしていた東海林のりこさんだけだった。

 

ここに至るまでの過程も書いておこう。

トシちゃんはただ家庭を持っただけだった。一人の女性を伴侶に選び、新婚生活を始めた・・・それだけのことだ。

それなのに夜中にチャイムを鳴らされ、24時間監視され、たまたま表に出て来た妊娠中の奥様にうるさく付き纏い「やめてください」と訴えただけで、「外に出てくるお前が悪いだろ!」と恫喝する・・・あの時マスコミがやったことを、どれだけの人が知っているだろうか。

そんな中、赤ちゃんが誕生し、子どもに何かあったらいけない、これ以上危険な目にあわせられないと家族を守りたい一心で、トシちゃんはあの会見に臨んだ。

当然、戦闘態勢で臨んだっていいはず。でもこの会見を見ると分かるけど、トシちゃんはちゃんと質問に答えている。

かなり抑えて我慢していたかもしれない。そこまでのことを思えば、不満をぶちまけたっていいはず。それでも真摯に受け答えしてくれているではないか。

 

寧ろ臨戦態勢はマスコミの方ではないだろうか。

記者会見を開いて当たり前なのに、ここまで開かずに待たせやがって。たかがアイドルのくせに…そんな声が聞こえてくるようだ。

当時は記者会見を開くのが当たり前だった時代だ。

元々プライベートなことは一線を画したいトシちゃんには、あまりそういうことをするつもりはなかったのかもしれないけど、だったら余計にこの会見を開いてくれたことは感謝すべき。だが、そんな風に思った記者はいなかったのだろう。

果たして、傲慢なのはどっちだろうか。

 

 

そして、例の発言のくだりにしても・・・

そもそも、会見全体を通してみると、別にこの発言、何でもない単なるジョークであり、普段ならみんなで笑って終わり・・・というくらいの発言なのだ。

当時のトシちゃんの普段の発言や言動も、こんな感じだった。ファンから見れば、いつもと変わらないトシちゃんだったわけだ。

 

そしてトシちゃん自身、自分のことを別にビッグとか特別とか思って言っているわけでもない。100歩譲って、彼がそう思っていたとしても、別にいいじゃん。だって事実だしと私は思うし、そもそも大物じゃないなら、なぜあんなに追いかけ回し、記者会見に詰めかけてんだよと思う訳である。

決してつかみかかって、「けしからん!傲慢だ!」と叩くような発言ではないのだ。

 

女子高生同士がファミレスでランチしていて、その中のひとりが、話の流れで、

「私ぐらい可愛いと、男性から何万回も告白されちゃって、もう大変なのよね~」みたいなことを言ったとする。

そこに、話を聞いていた人が「自分で可愛いとかいってんじゃないよ!傲慢!ブスのくせに、偉そうに言うな!!」と烈火のごとく怒り狂う。

おまけに、「この女、自分のこと可愛いとか言ってて、許せない!みんなで叩いてやろう!」と扇動して、周囲もそれに同調する・・・・・

あまり良い例えじゃないかもしれないけど、あの時起こっていた違和感満載のバッシングはこんな感じだった。

 

明らかにジョークで済む話が、訳が分からないまま、なぜこんなことで責められないといけないかと思っているうちに、物事がどんどんエスカレートしていった感じ。

 

そんなに怒ること?何をみんなムキになってバッシングしてるわけ?

ファンじゃなくてもこう思った人も絶対いると思う。今ならネットでそう書き込める。だけど当時はそのツールはまだなかった。

一方、週刊誌、テレビのワイドショー、スポーツ紙の芸能面、こぞって本当に酷い書かれようだった。そして、そこからしばらくの間、総力を挙げてのネガティブキャンペーンが繰り広げられた。

数年前まで好きな男として国民的人気を誇っていたトシちゃんが、まるで罪を犯したかのように悪者にされ、傲慢、生意気、実力もないくせに、何様のつもりかとやられたのだから、ひとたまりもない。
今のようにネットもない時代で、情報は一方的で悪意の塊。
テレビであの人がこう言っていたから、週刊誌にこう書いてあったから・・・自分の頭で考える能力がないテレビのワイドショーばかり見て過ごしてる主婦層は簡単に洗脳された。
嫉妬深い男たちは、それまで女性人気絶頂のポジションにいた男を引きずり落ろし、罵詈雑言を浴びせる快感に酔いしれていた。

あのときのことは、許しがたい人権侵害だと思っているが、そのことを述べ始めると私が興奮して止まらなくなるから今日のところはやめておく。

ただ当時、誰が何と言っていたか、私は死ぬまで忘れないだろう。そして、絶対に許さない。

嬉々としてトシちゃんを叩きまくっていた芸能記者、お前のことは一生恨み続けてやると思っていることは記しておく。

こうしてトシちゃんの姿をテレビで見る機会は激減していくことになる。実に理不尽だが、実際に四半世紀前に起こったことだ。

 

当時、トシちゃんはどんなに苦しかっただろう、悔しかっただろうと思って心を痛めていた。

親友の三浦知良さんや野村宏伸さんがトシちゃんの自宅に駆けつけていたのも知っている。そういう人たちとの語らいが少しでも心を癒してくれていたのだろうか。

何よりも温かい家庭と、変わらないファンへの想いがあの時のトシちゃんの救いであり、倒れてたまるか、潰されてたまるかと前を向く力を与えていたのだと思う。

 

昨年末だろうか。生まれたばかりの我が子を大切に抱いているトシちゃんの写真を、お嬢さんのインスタグラムで見ることができた。

その時のトシちゃんの表情が忘れられない。

愛しさが溢れているその優しい表情を見て、お父さんとしてのトシちゃんはこんな顔するんだなあ、ああ、トシちゃん、幸せな時間過ごしていたんだなあと心から嬉しくなって、涙が出そうになったものだ。

 

あの当時、激しいバッシングに対し、決して心を痛めなかったわけではないと思うし、実際、仕事は激減しただろうし、ライブ会場は一回りも二回りも小さくなり、お客さんの入りも芳しくなかっただろう。

それでも、自分の選択を後悔したことはないと胸を張って即答できるトシちゃんを私は心から尊敬するし、自由とそれに付随する責任もしっかり果たし、奥様と一緒に立派にお子さまを育て上げたことは実に素晴らしい事だと思う。

自分の選んだ道を諦めずに立ち止まらずに、まっすぐ歩んで来てくれて、どんな時も田原俊彦としていてくれたことには、ファンとして感謝しかない。

 

この件については、事務所独立の時期も相まって、後ろ盾がなくなったから、叩きのめしてやろうと一部の芸能レポーターなどは思ったのかもしれないし、テレビ局もトシちゃんを叩くことが事務所に喜ばれるのではと忖度があったのかもしれない。

いずれにしても、事務所独立と無関係ではないことは確かだ。

マスコミがやったことは許せないし、許さない。でも、あの時、一緒になってトシちゃんを嘲笑し、酷い言葉を浴びせた一般人も同罪。

そして、あれから四半世紀経ったのに、いまだに「俺はビッグ」といったから干されたのだ、自業自得だなどと言っている人たち・・・

だいたい、俺はビッグって言ってないから、まずはちゃんと記者会見見て認識を改めていただきたいものだ。いつまでもそう言うことを言っていいと思っているような人が傲慢で浅はかで勘違いなのだ。それでも言い続けるのなら、どうぞご自由にと申し上げておきたい。

 

ただ、これだけは言いたい。

トシちゃんに起こったことを、事務所から独立したんだからこういう目にあっても当然と問題視しなかったことは、何年も後の後輩グループの解散、独立の時にも大きな影を落としていることをわすれてはいけないと思っている。バッシングされて当然の人などいない。事務所をやめることは犯罪ではない。

事務所に残ることが正義で出ていくことが裏切りという構図もいい加減やめたらどうだろうか。

自分の人生を自由に選択する権利は誰にでもある。一定の年齢に達したなら、そのうちの選択肢の一つとして独立もあってもいいはずだ。

 

トシちゃんは強い人だ。だから、彼は逃げずに立ち向かい、闘い続け、今がある。

別の言い方をすれば、あれだけ総力を挙げて激しくバッシングしてテレビから干されたにもかかわらず、潰されず自分の道を極め続けられ、昨年40周年を華々しく迎えられた。

でもこれは誰でも同じようにできることではない。もしかしたら、激しいバッシングで心を病んでしまう人もいるだろうし、命まで奪ってしまうことに繋がるかもしれない。

 

今更こんなことを掘り起こしても仕方ないのかもしれないが、一般人の誹謗中傷はもちろん問題だが、マスコミが行って来た悪意ある編集や偏向報道も、大きな問題であり、その責任を誰も取らないまま今に至っていることに、私は怒りを感じているのである。

 

こうして、意見を発信できるツールを持つことが出来た今、私は私なりにこれからも間違っていることは訴えていくつもりだ。それは次の世代のために、理不尽がまかり通った時代を経験してきた私の責任でもあると思っている。